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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2872号 判決

控訴人 高橋満

被控訴人 岩瀬町

右代表者町長 中田清一

右訴訟代理人弁護士 石島秀朗

主文

1  原判決中控訴人の被控訴人に対する金三〇〇〇円の支払い請求を棄却した部分を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し右金員を支払え。

3  控訴人のその余の控訴を棄却する。

4  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し金五〇万円を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

との判決

二  被控訴人

控訴棄却の判決

第二主張及び証拠関係

当事者双方の主張及び証拠関係は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  昭和五五年三月一六日施行された茨城県西茨城郡岩瀬町町議会議員選挙(以下「本件選挙」という。)に際し、控訴人は同月七日右選挙の立候補に関する書類審査を受けるため被控訴人役場に行ったこと、控訴人はそのころ同町第四投票区において選挙人名簿に登録されるべき資格を有していたこと、控訴人は同月一六日本件選挙の投票に際し、まず右第四投票区の投票所に赴いたところ、同区の選挙人名簿には控訴人の氏名が登録されておらず、第五投票区に登録されていることが判明したため、更めて同区の投票所に赴いて投票を完了したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》及び右争いのない事実によれば、甲野一郎は、被控訴人岩瀬町に所属する地方公務員であって、岩瀬町選挙管理委員会の職員として本件選挙の選挙管理事務に従事していたものであるが、昭和五五年三月七日控訴人から本件選挙の立候補に要する書類を預かり、同月九日その事前審査のため控訴人の選挙人名簿の登録を確かめたことが認められ、これに反する証拠はなく、控訴人の氏名が本来登録されるべき第四投票区の選挙人名簿に登録されずに第五区のそれに登録された経緯が、コンピューターへのデーター投入ミスによるものであることは被控訴人の自認するところである。

以上認定の事実によれば、前記甲野は、本件選挙投票日の前である昭和五五年三月九日控訴人の選挙人名簿を確かめたのであるから、その際右選挙人名簿の登録の誤りを容易に発見できたはずであり、かつ同人がこれを発見したとすれば、岩瀬町選挙管理委員会は控訴人に関し、公職選挙法第二六条に基づく補正登録の措置をなしえたはずであるにもかかわらず、右是正の措置がとられなかったことは、少くとも甲野の公務員としての職務遂行上の過失によるものであることは明らかであり、その結果、控訴人は投票日当日、第四区投票所において投票することができず、わざわざ第五区投票所に赴いて投票せざるを得なかったものであり、控訴人はこのため著しく不快感を抱き迷惑を蒙ったことを推認するに難くない。そうして、何人も一種の人格的権利として、故なくかかる不快感を与えられない権利を有するものと考えられるから、被控訴人は、国家賠償法第一条第一項に基づき、所属の公務員である甲野がその職務である選挙管理事務を行うにあたり、過失によって控訴人の人格権を侵害することにより同人に与えた精神的苦痛に対しこれを賠償する義務があるものといわなければならず、控訴人が蒙った右精神的苦痛に対しては三〇〇〇円をもってこれを慰藉するのが相当である。

なお、公職選挙法施行令第一七条は、市町村選挙管理委員会は、選挙人名簿に登録されている者が当該市町村の区域内の他の投票区の区域内に住所を移していることを知ったときは、その者に係る登録の移替えをしなければならないこと及び一定の事由があるときは、その登録の移替えを予定されている選挙の期日後に延期することができる旨を定めているが、本件の控訴人が一たん正当に第五区の選挙人名簿に登録され、その後に第四区の区域内に住所を移したものでないことは前認定によって明らかであるから、本件に右第一七条が適用されるべきでないことはいうまでもない。また、公職選挙法第二三条及び第二四条は、同法第二二条に基づく登録につき縦覧及び異議申出の制度を定め、これによって登録の誤りが是正されることが期待されているが、右制度が定められているからといって、前記甲野の過失が否定されるべきでないことももちろんである。

三  以上のほか、控訴人は本件選挙の投票日、第四区投票所において投票立会人から侮辱されたとして被控訴人に対し慰藉料の請求をしているが、右侮辱の事実を認めるに足りる証拠はないから、右請求は到底認容することができない。

四  それ故、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は、三〇〇〇円の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容すべく、その余は失当として棄却すべきところ、本訴請求をすべて棄却した原判決は一部不当であるから、これを右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川義夫 裁判官 寺澤光子 原島克己)

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